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クポラ・サンクティス スフントゥル・イオン(バプテスマのヨハネ)

5,022円(税372円)

Cupola Sanctis Sfantul Ioan

クポラ・サンクティス スフントゥル・イオン(バプテスマのヨハネ)


天使が先ぶれし、母親のお腹の中にいた時から母親を神聖な恵みを満たすことができた。バプテスマのヨハネ(前駆授洗イオアン)は、キリスト教の最も名誉ある聖人である。
彼の誕生は、お告げのようなものだった。彼の母エリザベスは既に老いていて子供が産めない体で、父ゼカリヤは疑いの罪で罰せられた。言葉を奪われ、天使が選んだ名前 - ヨハネ(イオアン)を息子の名前にすることに同意した後に言葉が戻った。ヨハネ(イオアン)は、救い主の到来を知らせ、神の国が近づいているのでバプテスマを望んでいる者たちに覚悟して準備すること、控えめで謙虚さを宣べ伝えたのは彼が最初だった。バプテスマを受ける為にヨルダンの川に着いた時、イエス・キリストでさえ、彼をすべての者の上に置いた。「本当のことを言おう。女から生まれて、バプテスマのヨハネ(イオアン)よりも偉大なものはいない。」ヨハネ(イオアン)は、本当に偉大であった。群衆を恐れ、ヘロデでさえ、兄弟フィリップの妻ヘロデヤとの下劣な生活を自分の民の前で厳しく戒められたときでも、彼を殺さなかった。ヨハネ(イオアン)は長い間刑務所に入れられた。しかし、ヘロデの記念日のお祝いで、王は、ヘロデヤの娘の踊りに感銘を受け彼女の願いを果たすと約束した。彼女は母親の助言を受け、バプテスマのヨハネ(イオアン)の首を要求した。そして、イエスを「世界の罪を取り除く神の子羊」と名づけた最初の男の時代は終わった。キリスト教徒に対する迫害のとき、ヨハネの身体はジュリアン(コンスタンティンのローマの皇帝および甥)によって焼かれた。腕と指だけを残され、彼の灰は風によって散乱した言われている。聖ヨハネ(イオアン)は年に3回崇拝されます。彼の誕生日、6月24日、1月7日に主にバプテスマを捧げた日、そして斬首された日8月29日、断食と祈りの日。



Type
赤・辛口 フルボディ

Climate
温暖‐コンチネンタル

Variety
葡萄品種名:カベルネ・ソーヴィニヨン&メルロー

Alcoholic Content
14%

Tasting Notes
外観:深い真紅
香り:サワーチェリー、ドライプラム、チョコレート
味覚:フレンドリー、上品で滑らかな仕上がり

Serving Suggestions
カラメルポークなどと良く合います。


HISTORY OF ROMANIAN WINE

ルーマニアワインの歴史




ルーマニアワインの歴史は紀元(6千年以上)前までさかのぼります。世界最古のワイン作りの伝統がある国々の一つなのです。
ギリシャ神話に登場する豊穣とブドウ酒と酩酊の神である、ディオニュソス(バッコス)は、もともと
トラキア(ルーマニア南東)の神でしたが、ギリシャに移入されました。トラキアはブドウ園がたくさん
あったことも知られています。
ダキア(ルーマニア)は、当時から確立したワイン文化を持っていました。
ローマ人もダキア(ルーマニア)のワインと食文化に魅了されたことは有名な話です。
19世紀には、第一次世界大戦が勃発するまでルーマニアとフランスはワインの生産において親密な関係でした。
ルーマニアで多くのフランスの品種(ピノ·ノワール、カベルネ·ソーヴィニヨン、メルロー、シャルドネ 、ソーヴィニヨン·ブラン)が
作られていました。
戦時中は、ドイツやオーストリアと近い関係になりました。その頃、「スプリッツァー」がルーマニアに
導入されました。共産主義(1948−1989)の時代には、3つのワイン生産組織が設立されました:
研究機関、ワイン農園、および協同組合のブドウ畑。その頃のルーマニアワインは国際コンクールで多くの賞を取得しました。
1989年はルーマニアのワイン業界にとって大きな変化の年でした。「協同組合」のブドウ園は所有者に
返却され、研究機関は、ワイン業界での中核的な存在であり続ける為に日々努力しています。
ルーマニアワインの歴史を少し知って頂くだけで、凄さとポテンシャルを実感して頂けると思います!




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飲酒運転は法律で禁止されています。
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