ルーマニアのはちみつの歴史

 

 

ルーマニアの養蜂業の伝統には長い歴史があり、ダキア古代王国までさか

のぼる。旅人がドナウ川を越えてゲタエスダキア人が住む土地に辿り着くのは、

ミツバチの群れが1つの場所から別の場所へ移行をするため大変困難

であると地元の人々から勧告された、とギリシャの歴史家、ヘロドトスは綴っている。

別の古代歴史家も、ゲタエスダチア人の主要食は、蜂蜜、野菜、

牛乳と少量の肉であったと、書き残している。その理由として、

古代の神ザモルクセスが肉を食べるのを許可していなかったからとのの指摘もある。

 

その後、ローマ帝国が侵略に来た際もダチア人の養蜂業のスキルに

感銘を受け、その活動を不滅化させるためローマ皇帝トライアンのコ

ラムに彫刻を残した。

 

ルーマニア養蜂協会の会長である、エウジェンゾリチ氏は言う。

 

"トライアンのひとつのコラムには、ダキア人がひとつの場所から別の

場所に蜂の籠を運んでいるシーンの彫刻がある。別の石にはダキア人

が侵略を防ぐため、蜂の巣を投げているのが描かれている。その頃、

ダキア人は蜂蜜や蜜蝋を他国との貿易の通貨として使っていた。これらの

製品は、オスマンポルトへの貢物としても使われていた。養蜂の近代史は、

西暦1900年に養蜂家たちがバナト、ブコヴィナと

ムンテニア養蜂家組合を結成した頃に遡る。"

 

最初の養蜂家協会、国際養蜂協会アピモンディアは1958年に設立

された。アピモンディアの会長を20年務めた、ヴィアチェスラス

ハルナジュ氏は、1970年に国際養蜂技術経済研究所を設立した。

本部はルーマニアに置かれている。しかし、この研究所が

ルーマニアの高品質の蜂蜜の生産を支えているわけではない。

ルーマニアの蜂蜜が高品質である理由は、ルーマニアという土地に

は上質な蜂蜜に最適とされる自然条件が揃っているからである。

ルーマニアにはミツバチに好まれる、5つ場所がある。それは、南部

のドナウ川の平原、サブカルパチアン丘陵、トランシルヴァニア、

バナト、モルダヴィア、ドブロジャヌなどの高原である。

 

"アピスメリフェラカルパティカは、ルーマニア、モルドバ共和国と

ブルガリアの地域に適応したミツバチの種である。蜜を作る大半の土

地には、アカシア、シナノキやヒマワリが栽培されている。過去5年間、

ルーマニアはフランスと並ぶヒマワリの栽培面積(100万ヘクタール)

を誇っている。それ以外の地域では、茅場や針葉樹林があり、松の

木の蜂蜜も収穫出来る。ルーマニアの蜂蜜の品質は、世界的にも高

い評価を受けており、国際的に高級ブランドとして認められている。

年間総生産量である、1万7千トン~2万トンのうち、8千トン~1万

トンは輸出されている。" とルーマニア養蜂協会の会長である

エウジェンゾリチ氏は語った。


 

インターナショナルルーマニアラジオ、
ルーマニアの養蜂(2007年10月6日)記事より